言葉

日常のひと休みに

恋の話〜迅雷〜

 突然の雨に落雷、居た堪れずに入ったカフェ。前髪から雨粒が流れ落ちる。

 どんな勢いでここに入ったのかな…。なんとなく店内に居た人達に見られているような気分になった。

 どこかの紳士みたいにハンカチなんて持っていたら少しは様になっていたかもしれない。彼女連れでもえになる気がする。…でも、どちらも生憎持ち合わせていない。

 何気なく、薄ら笑いとともにため息が出る。

 店員さんは誰にでも平等に『いらっしゃいませ』と言ってくれる。

 きっと俺なんかより年下なんだろうと思うと少し自分が情けなくなる。こんな歳になっても何をしたいのかわからず、今でもフラフラしている。

 何かを目指してる!何かを見つけたい!そんなふうに言えてたら、少しはかっこいいのかな…。いや、何もない時点でおなじか。

 とりあえず、温かいコーヒーを注文した。

 会計を済ませ、コーヒーを受け取り、席に座ろうとすると、さっきの自分と同じような人が店内に入って来る。

 あれ?…同じような人?なんだか向こうは少しキラキラしてるけど…あぁそうか、あちらの方は自分とは性別も違えば、若さもちがう。でも、自分があれくらいの時に、そんなにキラキラしてたかな?…なんてね、勝手に比べてみる。

 その時、彼女の頬を雨露がつたう。一瞬それが涙に見えた。

 ふと不思議な気持ちになった。

 そうだ。昔別れた彼女もこの子みたいに別れ際に涙の1つも流してくれていたら、少しはちがっていたのかな。そんなことを思いながらコーヒーを口に含んだ。ちょっと熱い、火傷はしないだろうけど。…そういえば、昔あったな、口の中をコーヒーで火傷したこと。学生の時だったかなぁ。

 恋した女性。今でも彼女の影響を受けている。あんなに素敵な女性とこんな自分が付き合えたのはキセキだったのだろう。

 まだ、彼女に恋してるのかな…。もしかしたら、あの人のことをまだ想っているから、その後の恋はフラれっぱなしなのかもしれない。これってちょっと都合のいい言い訳かな。自分に魅力がないことを彼女のせいにしているだけ…格好悪いな…。

 あぁ、いつからだろう。夏の雨が嫌いになったの。なんだか自分がとっても惨めになる気がして…。

 隣で椅子をひく音がした。

 反射的に隣を見る。

 さっきの彼女だ。不意にふわっと彼女の香りがする。女性の香りに一瞬ドキッとして、自分が男だと気づく。

 突然の心臓のざわめきになんだか恥ずかしくなって落ち着かない。

 雨…窓ガラスを大粒の雨がたたいている。

 僕が店に入ってから、それほど経っていない。

 僕!?…俺って僕ってキャラだっけ?どうなってるんだろう。

 「すみません…」

 え!?隣を見る。彼女は僕を見ている。何?!何がどうしてどうなっているのか、まったくわからない。きっとこれをパニックって言うのだろう。

 どうやら、彼女のバッグが少しだけ僕の腕にあたったらしい。…気づかなかったけど。

 「あっ…いえ…。」

 何を言っていいのかわからない。別に悪いことをしているわけじゃないけど、気恥ずかしくて、目を彼女からそらした。

 なんだよ。なんかこの店暑くないか?エアコン壊れてるんじゃないか。(壊れてるのはお前だよ、と数分前の自分からツッコまれているだろうことは、この時の僕は気づくことはないだろう。)

 コーヒーを飲む。

 あっ!熱い、今度は確実に火傷したと思った。

 どうしてだよ。今日はやけについてない。たまに外に出ればこんなもんか。どれだけ運が悪いんだよ。

 今日の面接、落ちたな…。まぁいいや。それほどやりたいわけでもないバイトの面接だし、現状を変えてみようと思って一歩踏み出したけど、その一歩も水たまり。そもそも踏み出せてもいないか。

 

 数日後、俺はまたあのカフェの近くにいた。面接、受かったらしい。他人事みたいな言い方だけど、本当にそんな感じだ。

 とりあえず、今日から新しいバイト。

 一歩、踏み出せたのかな…。なんの一歩かな…。

 そして今日も雨だ。

 

 「あの、今日からお世話に…」

 ふと見えた目線の先、そこにあの日の彼女が映る。彼女がいた。

 僕の心臓はあの日と同じ鼓動をはじめた。

 

 それから、2,3日が過ぎた時。

 僕は自分が恋したことを知った。