2021-03-24 付喪神㊲ 手を伸ばせば届きそうなその手を握ることはできず、僕は彼女を抱きしめた。これほど人の存在を感じたことがあっただろうか。 僕は彼女の唇にキスをした。 海の香とともに彼女の香りがした。その香が僕の中の何かを変えたような気がした。 これが恋なのかもしれないと気づいたのは、それからしばらくしてのことだった。 あの時、彼女は何を思っていたのだろう。あの日彼女は何を思っていたのだろう。今となっては知るすべもない。 ただ、今でも時々あの波のように僕の中を彼女の存在が、押し寄せ引いていくことを繰り返している。