言葉

日常のひと休みに

付喪神㊲

 手を伸ばせば届きそうなその手を握ることはできず、僕は彼女を抱きしめた。これほど人の存在を感じたことがあっただろうか。

 僕は彼女の唇にキスをした。

 海の香とともに彼女の香りがした。その香が僕の中の何かを変えたような気がした。

 これが恋なのかもしれないと気づいたのは、それからしばらくしてのことだった。

 あの時、彼女は何を思っていたのだろう。あの日彼女は何を思っていたのだろう。今となっては知るすべもない。

 ただ、今でも時々あの波のように僕の中を彼女の存在が、押し寄せ引いていくことを繰り返している。