言葉

日常のひと休みに

付喪神66

 なんだかんだ言っても、世の中、したたかで、嘘をつくのがうまく、自分の心の内とは関係なく、自分を他人のようにおもえ、人と接して行ける人の方がうまく行く。つまり、悪人とは言わないが、善人でない人の方がうまく行くのだ。

 自分はそんな人にはなりたくないと強がってみても、なりたくないのではなく、なれないのだ。そして、負け犬の遠吠えのようにいっても、結局のところうまく行っている人を羨ましいとおもう気持ちは消せない。

 よいものを探すのではなく、売れているものが、よいものとされる傾向を否定することはできない。

 使い捨ての消費の時代、それはつまり、価値観の定まらない時代なのだろうとおもう。それは、良い面も悪い面もあるが、選ぶのは自分だ。

 いや、選べるところに自分がいるならまだマシな方かもしれない。己の価値観を持って生きていけたなら、それは幸せなことかもしれない。ただ、それで生きて行くことができなくても、それをなくしてしまいたくない。それを消費と同じように扱ってしまいたくはない。

 言葉が少しちがうか…。

 持って生きて行くではなく、持って貫いておし通して生きて行くこと、それはできないかもしれないが、なくしてしまわず、大切に持って、つくりあげて生きて行けたらとおもう。

 大切な人と出会えた時に、その人と対話をするためにも…。